函 庭

 よく京都のお寺の「枯山水」の庭を見に行く。石と白砂だけで自然の海や陸の姿を模したその庭を眺めていると、大海のなかに浮かぶ美しい島々や、山の上から見た雲海に顔をのぞかせる山々が見えてくる気がする。自然や宇宙の営みにしばし思いを馳せ、心地よい時間を過ごしてまた日常に戻ってくる。これらの庭は自然と寄り添って暮らしてきた我々の文化の形を表したものだと言えるだろう。幾度眺めても見飽きない、人の作為を越えた造作。作庭家たちはまるでこの庭の完成を時代を越えて観る人々に委ねているような気がする。現代的なデザインの作法では紡ぎだせないだろう自然を模した空間。この自然の雛形を切り取って自分の側に置いてみたい、というのがこの作品のモチーフだ。
 「枯山水」の庭を紙と石で表現してみるこの無謀な試みは、白い10cm四方紙の上に小さな庭石を置いて眺めたところから始まった。小さな世界ながら紙は遠く広がる海を、石は岩や山や島を僕に感じさせてくれた。そういえば幼かった頃に道で拾った木片や小石を、時間を忘れて眺めていたことがあった。年を取って子供の頃のように石と向かい合う自分を少し不思議に感じながらの創作となった。
  庭石と向き合い対話する、どの石が似合うのか、形は?色は?向けて、返して削って組み合わせて、何百という組み合わせを試してたどり着いたのがこの作品達だ。この「紙山水」とでもいうべき小さな空間を木箱に入れて僕の「函庭」が出来上がった。この作品を眺めてあなたの頭のなかにも果てしなく広がる海や陸や自然の美しい景色が広がっていけば、作者としてこんなに嬉しいことはない。

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